へるなの日記

のんびり気ままに趣味をさらしたい

小説1 禁止された儀式

小説をたまに書いてるので、それも載せようと思いますー。ファンタジーばかりで、子どもが書いたようなものしか書けないから、そんなに立派な小説じゃないですw

私は幼いころから恐竜が大好きで、その影響か竜が出てくる小説が好きですね。今まで書いた小説も竜が出てくることが多いし。

 

なんか、竜ってだけでワクワクしちゃうのは私だけでしょうか?

※軽くですが性的な表現が出てくるのでご注意ください。6/1少し変だったところを手直ししました。

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 一瞬でもいい。ぼやけててもいい。共に生きれなくてもいい。僕の本当の番(つがい)に逢いたい。世界のどこかにいる僕だけの番に、今すぐに。一瞬、一瞬だけでも・・・。ああ、僕の身体が穢れる前に・・・。

 

 暗闇がすべてを飲み込む部屋の中に、ひとりの少年がいた。見たところ9歳くらいだろうか。姿勢を正して座る少年の唇は固く閉ざされ、手は何かを恐れるように着物の裾をギュッと握りしめていた。

 ごそっと音がして少年は飛び上がりそうになる。暗闇に光の筋がすっと引かれ、誰かが入ってきたのが分かった。少年は瞳を閉じていよいよこの瞬間がやってきたと覚悟した。部屋はまた闇で覆われ入ってきた者とふたりっきりになる。少年には誰が来るか伝えられてはいなかったが、それが女性であることは知っていた。ふたりの間に少しの沈黙が訪れる。向き合って座っている間、少年は瞳を閉じたままだった。すると、着物こすれる音がして、ハッとする。自分もあわてて着物を脱いで裸になる。相手の女性も裸になったのだろう。冷たい手が少年の頬を撫でて、少年は初めて瞳を開けた。そして目を見開いた。

 

「あ・・・な――」

 

 声を出したかったがそれは叶わなかった。キスされたからだ。少年は茫然と目の前の女性を見つめた。少年の瞳は暗闇の中でも者を見通す力を持っていた。それは、目の前の若く、しかし少年より遥かに年上の娘も同じ・・・。

 娘は何も言わなかった。少年の気持ちを分かっているように悲しげに笑うと少年の細く小さな身体を抱き寄せた。その娘は少年が生まれたときから姉弟のように慕っていた人だった。あまりの驚きに抵抗することも忘れ、顔に柔らかな胸が当たってハッと我に返って顔が赤く染まる。この後、なにが行われるか少年はよく知っていた。そして、身を娘ゆだね快楽へ導かれていった。

 

 この広い世界には竜族と呼ばれる者たちがいる。彼らは人に似た容姿をしていたが、成人した竜族は身体を竜へ変化させることができ、非常に巨大な力を持っていた。竜族の成人の儀式は非常に独特で、竜族の子どもが成人するには、番と交わらなければいけない。竜族にはそれぞれに必ず番が存在し、その番としか交わらず生涯を共に過ごす種族であった。魂の片割れともいわれる番の存在は絶対的であり、もし番が死ねば残された竜も身を投げ打って死ぬという。成人するために番が必要なため、もし見つけられなければその竜の子どもは成長することなくずっと子どものままである。子どもは竜に変化することも出来ず、とても弱い存在だった。

 しかし、番のいない竜の子どもを大人へ限りなく近づけさせる方法がひとつだけあった。方法とは、番以外の異性と身体を交わらせることであった。その儀式をすれば子どもは成人とまではいかなくとも成長し、竜にも変化することが出来た。しかも普通の成人した竜より遥かに巨大な力を持つことが出来た。しかし、それは竜族の間では長らく禁止された儀式だった。なぜならば、それをした子どものほとんどは精神が壊れてしまい、自ら命を絶ってしまったからだった。

 

 時は流れ、人族と竜族の間に戦いが生まれた。戦の原因は土地の奪い合いであった。最初は竜族が優勢だったが、人族が発明した巨大な魔法に竜族は負けに傾いていっていた。それを見た竜族の中のある一族がこの禁止された儀式を使おうとしていた。儀式ではるかに強くなった子どもを戦場に送り込めば戦場に変化が生まれると考えたからだ。ほかの竜族たちに知られないよう、その計画はひっそりと行われた。儀式の犠牲になった子どもは10にも満たないテラという少年であった。テラは生まれたときからそうなることを運命づけられた子どもだった。

 黒髪に黒い瞳をもち、とても整った顔立ちをしたテラは、正しく成人すればとても立派な黒竜になるだろうと周囲はみな思っていた。また、数多くいる竜の中でも黒竜は珍しく、テラが犠牲になることを残念がり止めようとする者も少なくなかった。だが、テラでなければならなかったのには理由があった。黒竜は総じて意思が強く、竜の中でも巨大な力を持つ傾向が多かった。その力は伝説の金竜と争った際、唯一対等に戦えたと伝えられるほど。そんな黒竜の子どもに儀式をほどこせば恐らく金竜以上の力を持つ黒竜が誕生するだろうと一族は考えていた。そんなテラを戦場へ送り込めば、もしかすると戦争に勝てるかもしれないとテラに期待していたのだった。当の本人であるテラはその運命を受け入れ一族のいうことを素直に聞いていた。しかし、物心つくようになってから彼の心にはある一つの存在が占めるようになる。それはテラの番の存在だった。竜族の子どもが必ずその番を想い、どんな竜なのだろうと恋焦がれるように、テラもまた自分の番に心を奪われていた。それは自然なことだった。

 だが運命から逃げることは出来ない。それほど戦場は緊迫していた。人族との戦争に負ければ竜族の生息地のほとんどを奪われてしまい、絶滅へ導かれるのは目に見えていた。そのことをテラはずっと言われ理解していたし、自分の代わりはいないことも十分知っていた。竜族の存続がかかったこの計画。テラに拒否権など生まれたときから存在していなかった。

 それでも、テラは番のことを片時も忘れることが出来なかった。儀式の前日まで心のどこかでひょんなことで自分の番が目の前に現れてくれないか望む自分がいた。一瞬でいいから逢いたかった。自分が自分でなくなる前に、穢れてしまう前に・・・。

 

 小さな小屋の暗闇の中でテラは慣れない快楽にもがいていた。ふたりは身体を交わった。訳も分からず背を駆け抜ける快楽に翻弄されながら、テラは娘を見る。汗でシミ一つない肌を濡らし、顔を火照らせた娘はとても美しく男の欲を引き出すほどの色香をまとっていたが、テラには悪魔のように見えた。番以外に身体をささげる苦痛と番への裏切りにテラの心は悲鳴を上げた。そして快感が頂点に達した瞬間、真っ白になった頭の中で顔も名前も知らぬ番に聞こえないくらい小さな声で「ごめん」と言いった。テラは流したことのない涙が見開いた瞳からこぼれ落ちて頬を伝った。その瞬間、テラの瞳孔が縦に伸び、頭の天辺から黒いうろこが全身を覆った。つながっていた娘は驚いて悲鳴を上げながら離れると、テラの口からも空を突き上げるようなうなり声が発せられた。

 それは泣き声のようにも、苦しみ喘いでるようにも聞こえた。一瞬だけ音が鎮まると、固唾を飲んで見守っていた一族の視線の先にある小屋がものすごい音を立てて爆発した。そして小屋の中から巨大な黒竜が飛び出し空高く舞った。一族はみんな歓声を上げ、いままで見たこともないくらい美しく雄々しい黒竜をうっとりと見上げた。だが、それはテラであり、テラではなかった。テラは空を飛びながら自分に儀式を施した一族に顔を向けると炎を吐いた。テラの目には怒りの色が浮かび、一族すべてに激情をぶつける。大人しく無表情が常だったテラの反逆に一族は驚き、竜へ変化してテラを止めようとした。だが、元々竜の中でも上位の強い力を持つ黒竜。そこへ禁じられた儀式によってさらなる力を得たテラに敵う竜などいなかった。己を育ててくれた一族すべてを滅ぼすと、テラは東へと顔を向け猛スピードで飛んだ。その先には戦場があった。あっという間に戦場へ着いたテラは人族に突っ込み、炎を吐きまくった。あらゆるものを破壊し、人族は突然現れた黒竜に魔法をかけるも黒竜の強大な力ではじかれ成す術もなく次々と息絶えていった。

 人族の混乱により異変を感じた竜族の長は黒竜の姿を見て目を見開く。そして黒竜が人族たちを全滅させていく姿をみた竜族の者たちは歓声をあげその偉大な力に驚愕した。しかし、竜族の長だけは黒竜の異様な雰囲気に警戒を深めた。まるで命を省みず戦うその姿は、番を亡くした竜の姿に似ていたからだ。あの黒竜は今にも死にたがっている。そう察した長は自身の周りにいる竜たちにあの黒竜を抑え込めないか頼み、命じられた竜たちは黒竜へ向かって飛んだ。この竜たちは竜族の中でも特に強い力を持つ竜族の精鋭たちである。しかし、それでも黒竜の暴走は止まらない。3竜がかりで黒竜を抑え込み翼を焼かれてしまった。テラはようやく死を目の前にして安堵を感じたが、突然自身を突き上げるような焦燥感を得てもいた。

 テラは唸り声を上げながら遠くへ逃げた。傷ついた翼を痛々しく広げながら、テラは本能のままに動いていた。死が目前に迫った時、頭に浮かんだのははやり番のことだった。その瞬間、テラは自分に問うた。僕が死んだら、一体どの竜が番を守る?その問いに突き動かされたように火で焼かれてる翼に力を込めると戦場を離れたのだった。精鋭の竜たちはそんな黒竜を深追いはしなかった。戦争は黒竜が暴れたことでほぼ勝敗は決まっていたため、戦後の処理に加わる必要があったからだ。

 

 テラは翼が焼け落ちるまで飛び続け、とある森の中へ落ちて行った。それを下から見ていた少女が一人いた。少女が現場へ駆け寄るとそこには右腕から血を流しピクリとも動かない青年がいたのだった。一目見ただけで瀕死の状態だと理解した少女は青年を助けようとさらに近付いた。そして彼の異様な身体に目を見開く。成人一歩手前に見えるこの男は人族じゃないのか?竜族にはこんな中途半端な年齢の者はいないので少女はそう思い、警戒する。少女は竜族の子どもだったため敵である人族を恐れていたのだ。だが、顔立ちは竜族そのもの。迷った末、少女は青年の傷ついた腕に手を伸ばした。

 出来る限りの手当てをした少女は青年をその場に残して竜の巣へ駆けた。いま戦争へ大人が行っているので竜の巣は子どもしかいない状態だった。少女は竜の巣にいた子ども何人かに声をかけると必要なものを持って青年のもとへ案内した。

 子どもたちはボロボロで死にかけている裸の青年の姿にぎょっとしたが、少女の強い意思に負けて青年を竜の巣へと運んだ。そしてありったけの治療を施し、竜の子どもたちは寝る暇もなく青年の命をつなげた。

 テラが目を覚ましたのはその翌日のことであった。竜の子どもたちはホッとして喜びあった。しかし、中にはまだテラの存在を警戒する子どももいた。テラを発見した少女はセリナと名乗った。セリナはテラへ最初の質問をした。あなたは竜族なのか?と。テラは頷いたが、この身体になった理由は話せないと言った。セリナたち竜の子どもも彼に違和感を感じながらも深く聞くことはしなかった。もしかしたら、子どもたちの中に禁じられた儀式の話を知っている子がいたからかもしれない。そして、セリナはなぜあんなケガをしていたのか尋ねた。テラは素直に戦場でケガを負ったことを話した。子どもたちは驚かなかった。テラが目覚める前に子どもたちで話し合いをしており、恐らくテラは戦場から来たのだと推測していたから。続けて戦場はどうなったのかセリナは訊ねた。その情報を子どもたちが何より欲しているのはテラは分かったが、記憶があいまいでどうなったのかハッキリ分からなかった。だが、あれだけ暴れれば勝負が竜族側へ傾いただろうとは考えていた。テラはハッキリとは言わずその考えを話すと竜の巣中の子どもたちの顔は喜びに明るくなる。

 テラは肘からなくなった右腕を見ると、右腕を上げて力をそこへ集中させた。その瞬間、テラが持つ莫大な力が失われた右腕を形作り上げたのだった。それは蘇生ではなく義手のようなものだったがそれを作るほどの力を持つテラに子どもたちは凍りついた。そんなことは子どもたちが知る竜の長ですら出来ないことだった。テラはほかの欠損した身体を同じように直すと、立ち上がった。思わずセリナもほかの子どもたちも後ずさる。テラは竜の巣にいる子どもたちを見渡して自分の番がいないか探した。

 竜族は自分の番を一目で見抜く力があるのだ。そんなことは竜族の子どもたちも知っている。なので彼のそれが自分の番を探している行為だと察したが、ここにテラの番がいないことも知っていた。セリナもテラにあなたの番はここにいないよ、とつぶやくとテラがホッとした顔をしたのを見て目を見開いた。

「番に逢いたくないの?」

 セリナが不思議な顔をして訊ねる。テラは悲しい顔をして少し笑った。

「身体が・・・穢れた俺を彼女が許してくれると思う?」

 セリナと竜の子どもたちは息を飲んだ。身体が穢れているとは、つまり番以外の異性と交わったことを指す。セリナはテラを警戒した。その警戒心は子どもたちの間で瞬く間に広がり、テラを巣から追い出そうとする雰囲気になる。不安定に成人したテラのような竜は竜族にとっても非常に危険な存在なのだ。テラはセリナたちが追い出そうとする前に去ろうとした。誰かが着せてくれた紺色の着物を風になびかせて、テラは竜の巣の子どもたちに背を向ける。

 テラが黒竜になり立ち去ろうとした瞬間、セリナは思わず叫んだ。

「私があなたの番だったら絶対に許さないしボコボコにするわ! でも・・・死ぬのはもっと容赦しない」

 そのセリナの言葉が心に刺さった。テラは何も言わず大空へ羽ばたき消えた。

 

 不思議で哀れな黒竜が去った数日後、戦争を終えて竜の巣へ帰ってきた多くの竜たちをセリナたちは嬉しそうに出迎えた。そして、竜に黒竜の話をしたのだった。大人たちは驚き、そして大人たちも戦場に突然現れた勇敢な黒竜の話をした。テラが禁じられた儀式の犠牲になった子どもだと知ると、セリナたち子どもは複雑な表情をする。大人たちも同じ気持ちだった。それからテラの行方を知る竜は誰もおらず、テラの話は悲しい物語として竜の巣の子どもたちに語られた。そしてその物語の最後には必ずこう付け加えられた。哀れな黒竜を救えるとすれば、それは彼の番だけ――と。

 

 

 

 温かい・・・ここは安心な場所。そう思った私は、足で優しく強く守ってくれた殻を蹴破った。穴を少しずつ広げ、外へ手を伸ばした。宙を掴むように頼りなく濡れたそれになにかが触れたのが分かった。それは大きくて黒い「なに」か。とっても強くて自分なんかぺしゃんこにしちゃうくらい危険なもの。だけれど、温かかった。いたわるように優しくて、私を愛してくれる。それにすがりつくように殻から身体を出して目を開いた先には小さな真ん丸の黒い瞳と毛むくじゃらの身体があった。私は「それ」の腕に抱えられて守られてたのを知った。だから安心して出てこられたんだと分かって、私は小さな瞳に向かって笑った。

 

 テラは本能のまま空を飛んでいた。自分の何かがそこへ向かわせているかのように、ある一点だけを見つめて飛んだ。テラが見つめる遥か先には大きな洞窟があった。その洞窟はある得体の知れない生き物の巣になっており、竜すら近寄れない危険な場所だった。その洞窟のさらに奥に、それはいた。全身を黒い毛で覆われた巨体に、不釣り合いなくらい小さな瞳をした怪物は大事そうに優しくあるものを守っていた。それは怪物にとって甘くて優しい香りをした、愛しいもの。

 最初はただの気まぐれだった。いつものように散歩に出かけ、普段は通らない山を駆けていた時、足元にキラリと光るものを見つけた。それは怪物の親指くらいの丸い卵。金色に輝くそれがとても美しくて怪物はこっそり巣に持ち込んだ。卵は何十年も変化がなかったが、怪物がふと鳥の番が卵を温めて雛を孵した瞬間を見て、卵は温めるものなのだと理解してからは毎日手の上で温めた。

 変化はすぐに起きた。卵が動いて殻を中から割ったのには驚いたが、怪物は殻の中から出てきた小さな手に恐る恐る指で触れた。指を掴んで殻から出てきたのは怪物が見たこともないくらい美しい竜族の少女だった。金色の濡れた長い髪を細い身体にからませて少女は周りをキョロキョロしたあと、怪物を見上げる。怪物は呆けた表情で目の前の天使を見ていた。天使は笑った。怪物に向かって。それはくすぐったくて、温かくて優しいもの。怪物がいままで感じたことのない感情が少女を中心にあふれ出し、怪物は幸せというものを初めて知った。

 

 

 テラがその洞窟を目視した瞬間、強風が吹き荒れテラは止まった。そして目の前に若い緑竜が威嚇するようにテラを睨んでいた。

「この先には恐ろしい生き物がいる。命が惜しくなければここを立ち去れ!」

 緑竜の警告をテラは聞く気はなかった。あの洞窟の中に自身の番がいるのは確かだったからだ。

「あの洞窟に番がいる! 命など惜しくはない、俺を通せ!!」

 ガアッと唸り声を上げたテラの気迫と言葉に緑竜は目を見開いた。

「私にも番がいる! そなたの気持ちは痛いほど分かるが無謀だ! あの怪物に向かっていった同朋はみな落ちた!!」

「ならばなおさら俺を通せ! 誰が俺の番を守るというのだ!?」

 テラの言葉に緑竜は苦しそうな顔を見せると、天に向かって火玉を吐いた。それが合図になったかのようにテラは様々な色の竜で囲まれた。

 

「我らはみなあの怪物を倒さんとし、志し強く集まった同志だ。怪物の巣にそなたの番がいるとするならば、ぜひ我らの同志に加わってもらいたい。それを拒否せば、我ら総出でそなたを抑え込む」

「集まって悠々と時を待っているわけにはいかない! 私の番はまだ幼い子どもだ! その怪物とやらの元で無事でいる可能性は限りなく低くはないのか!?」

 番が子どもだと知ったとたん竜たちはざわついた。緑竜がリーダーなのだろう、どの竜より先に吠えた。

「そなた・・・! ああ、あわれな、こんなことが我が目で見届けることになるとは・・・。早急に手を打たねばなるまい。黒竜殿、名はなんという? あっしは風丸だ」

「名前を交してる暇などないだろう! お前らがどんなことを言おうが俺は行く!」

「禁じ手を使い得た強大な力でなら怪物を倒せるとでも思うたのか? それでもあれは無理だ! どうか、ここは一旦引いておくれ。あの怪物を憎く思うのはそたただけではないのだ」

 

 焦燥感がテラの身体を何度も突き動かそうとしたが、周囲にいる竜たちの強い想いを感じここはぐっとこらえることにした。落ち着いたテラを見てほっとした疾風丸は、仲間の竜を伴ってテラを巣に案内した。巣は高い山の裾にあり、洞窟のようにくぼんでいた。そこにも竜が少しおり、多くの子どもが暮らしていた。風丸や同志たちの番と子どもなのだろうとテラは察する。

 竜族はこのように複数の巣を持ち、それぞれに生活を作り上げている。案内されたこの巣はセリナがいた巣よりは遥かに小さかった。テラは一族の中で大切に育てられたためあまり世間を知らないがそれくらいの知識は持っていた。

 帰ってきた番を温かく迎え入れるメスの竜たちと子どもたちは、最後に降りてきた巨大で雄々しい黒竜を見て驚いた。子どもたちはめったに見れない黒竜に歓声を上げ憧れの目でテラを見上げる。

 人の姿になった疾風丸はテラに人の姿になってほしいと頼み、テラは素直に人の形になった。どうやらこの巣では基本的に人の姿で生活しているようだ。そこらへんも巣によってそれぞれ違っているし、竜個人によってもまちまちだ。ずっと竜の姿で過ごすものもいるし、その逆もある。

 人になったテラを見て風丸たちは改めて目を見開いたが、温かく巣へ入れてくれた。テラを知らないメス竜たちと子どもたちは成人になりきれてないテラの姿に驚いたが風丸らが説明したのか警戒する竜はほとんどいなかった。疾風丸たちはすぐに集まってテラを入れた会議を開いた。テラはまず、怪物について話を聞いた。あの怪物は1年ほど前に突然現れこの地域を縄張りにし始めたのだという。身体は小さな山ほどもあり、全身を黒い毛で覆われ頭と思われる場所には恐ろしいほど光のない黒い目がふたつあるという。代々、この地を守ってきた風丸たち竜はその怪物を追い払おうとしたがどの竜も生きて帰らなかった。その結果、番を殺されたメス竜が怒り怪物へ復讐を果たそうと挑んだがそのメス竜たちも死に、多くの子どもたちがこの巣に残されたのだという。風丸は悔しそうに、最初はこの巣ももっと環境の良い場所にあっていまの巣よりも大きかったそうだ。それが怪物のせいで地面に近く目立たないこの場所に巣を移すしか余儀なくされたのだそうだ。

 そこで、疾風丸たち竜は少し遠く離れた親戚の竜に声をかけ同志を集め、一斉に怪物を囲んで攻撃をすれば怪物を撃退することが出来るのではないかと考えていたのだった。しかし、人族との戦争が終戦したばかりですぐに動ける竜が少なかったため現在、疾風丸を入れて八竜しかいなかった。そのため疾風丸は知り合いの竜たちの戦争の傷が癒えるまで待ち、戦力を上げてから怪物と戦おうとしていた。そんな時、黒竜が猛スピードで怪物の洞窟めがけて飛んでいくのを見て疾風丸があわてて止めに入った、というわけだった。

 テラはその話を聞いても実際に怪物を見ていないので疾風丸たちが恐れている理由がいまひとつ分からなかった。しかし、どんな屈強な竜でも帰ってこなかったということはそれほど怪物が強いのだろうと想像はついた。

「では戦争で傷ついた竜たちが治るまで悠長に待つしかないというのか? それならば俺はこの巣を抜ける」

 テラはそう言って立ち上がると、「待て」と声がかかった。見ると赤毛のがっしりとした身体の男がこっちを見ていた。彼は赤竜の火焔丸という男だった。

「なんだ?」

 苛立ちを隠そうとしないテラに向かって他の竜たちも立ち上がる。

「テラ、お主の目的は番を救い出すことだろ? それならワシらだけでもなんとかなるかもしれぬ」

 火焔丸が言うには、外に出ている怪物を自分たち八竜でけしかけ洞窟から遠ざけさせている間に黒竜が洞窟に入り番を救出する、というものだった。怪物を追い払うのはまだ難しいが、おとりになることは出来ると言った。テラは迷わなかった。その作戦に頷くと、にっと笑った疾風竜は片手を前に出して力で手のひらに緑の炎をつけた。次々と他の竜たちも手のひらに火を出すと、テラを待つように見る。テラはなんのことかさっぱり分からなかったが、八竜たちの火が集まりひとつの炎になるのを見て理解した。

 テラも左手を炎の前に突き出すと手のひらに黒い火を出し、九色の炎は高く力強く交り合うとひとつの炎となって大きくなった。九竜が見守るなか炎は空へ高く登り、パチパチと弾けて消えた。

「あっしらの故郷のまじないなんだ。いいもんだろ?」

「ああ・・・。で、弾けたのはどういう意味なんだ?」

 すると疾風丸はにっと笑うと、「当たって砕けろ、その先には良いことが待ってるってことだ」

 

 

 もう日暮れ近かったため、作戦は翌日行われることになった。テラはその間、疾風丸たちの巣に居候させてもらうことになり、食べたことのないご馳走もふるまってもらった。至れり尽くせりの巣の雰囲気にテラも申し訳なくなり、番を無事に救い出せたらこの巣に住むことを言うととても喜ばれた。竜の巣は多くの竜が集まれば集まるほど守りが堅くなるためより安全な巣になるのだ。現在、大人の竜が少なく子どもが多いこの巣にテラとテラの番が加わるのは願ってもないことだった。

 

 テラは巣の近くでぼんやり夜空を見ていた。ひとつの流れ星が流れていくのを目で追っているとテラの元に男と女の子どもがやってきた。二人とも10歳くらいだ。仲良く手をつないでるその姿はほほえましいものだが、テラはすぐ分かって微笑んだ。

「ふたりは番かい?」

「うん!」

「はい!」

 元気よく答える二人がテラは羨ましくてたまらなかった。なんの穢れも罪悪感もない、純粋で美しい番の子ども。

「ふたりは成人しないのか?」

 そう訊くと、二人はお互いの顔を見て恥ずかしそうに顔を赤らめた。竜族が成人するには、番と身体を交わらせなければいけない。それを二人は知っていたが、恥ずかしくてなんとなくまだいいかなとお互い思っている感じだった。

「あの、お兄ちゃんみたいなカッコイイ竜になるにはどうすればいいかな?」

 男の子がキラキラした、けれど強い意思を表しながらテラに訊ねる。番の女の子を守れる竜になりたいのだろう。テラはそんな男の子がまぶしくて、思わず昔の自分と重ねる。心がチクンと傷んだ。あの頃は儀式を受けるしかなかった。だが、この男の子と同じように番を見つけていたなら、どうだったろう?

「俺は弱いよ。たぶん君が今まで見た竜の中で一番カッコ悪い竜さ」

 そうつぶやくと、男の子と女の子はきょとんとした。そんな顔がおかしくて、テラは笑った。本当に久しぶりの笑みだった。笑いながら、途中でまるで自分のことを笑っている気分になった。最後にテラは男の子を見て、

「俺も番を守る立派な竜になるから、お前も強くなれ」

 男の子の空色の短髪に手をポンと置くと、男の子は真剣に頷いてギュッと女の子の手を握った。女の子は砂色の長い髪を揺らして男の子に身体を寄せた。

 

 

 目を開けると空には雲ひとつなく、太陽が眩しい光を放ちながら昇ってこようとしていた。今日は番を怪物の巣から救出する日だ。テラは寝床から起き上がると、寝ている子どもたちを起こさないように巣を抜ける。疾風丸らが言うには怪物は陽が昇りきった頃に洞窟から出て近くの湖へ行くらしい。その時を狙ってテラたちは動くつもりだった。 

 竜の姿になって遠くから九つの竜は怪物の洞窟を伺っていた。太陽が登ってからしばらく、洞窟の中から巨大な黒い塊がのそっと這い出て来てテラは驚いた。話に聞いてはいたが、本当に山のようにでかく異質ななにかをその怪物は漂わせいていた。

 疾風丸たち八竜とテラは二手に分かれ、八竜は湖へ先回りするように動いていった。

 

 八竜と怪物の動きを注視しながら、怪物が湖へ入ったのを確認するとテラは音をなるべく立てずに洞窟の中へ飛び込んだ。疾風丸たちは怪物が湖に入って少し経ってから遊撃すると言っていた。その少しの間、ちょっとだけでも洞窟の中を進んでいなくてはいけない。テラは出せる最大限のスピードで複雑にうねった洞窟を飛んだ。途中、いくつかの穴に分かれていたが、あの怪物が通れる穴はすぐに分かった。

 真っ暗の洞窟を飛び続けていると、時間の感覚がおかしくなる。もう遊撃は始まっているのか?もし始まっているなら、時間がない。疾風丸たちはなるべく怪物の攻撃を回避するような戦法を取るとは言っていたが、それが上手くいく補償はない。焦燥感とともに、テラの胸にどんどん込み上げてくるものがあった。番!番がこの先にいる!

 竜は目でも番を見分けられるが、匂いでもそれは同じであった。テラはかすかに洞窟の奥から匂う番の存在に胸を高鳴らせていたが、気が重くもあった。

 初めて見る番が竜の姿でいること、そして中途半端に成人していたら番はどんな気持ちになるだろう? 

 今まで何度も考え想像し、心を痛めた番の姿がテラの心を容赦なく切り裂く。

 

 とうとう最奥と思われる洞窟の部屋が目の前にあった。ぽっかりと巨大に空いた空間は淡く光を放っていた。テラはその空間に入った瞬間、光に包まれ柔らかい布に横になってこっちを見上げる女の子と目が合った。

 

 その瞬間、世界がまるで凝縮したように狭く感じテラは悟った。この金色の髪と瞳の彼女がすべてなのだと。

 そして女の子も目を見開き、テラが感じたことを彼女自身も悟っていた。黒いこのオス竜が自分の番なのだということも。

 

 女の子は立ち上がるとゆっくり滑空し降りてくるテラに向かって駆けた。両手を目一杯広げて、足まである金髪を乱しながらテラだけを見つめていた。テラも彼女だけを見つめていた。テラが竜の姿から人の形へ変わるとふたりは抱きしめ合った。ギュッーと二度と離れないように。そしてお互いの顔をよく見る。女の子は信じられないくらい美しかった。テラがいままで出会ったどのメス竜より、ずっと。女の子が笑うとテラの心がざわついてどうしようもなくなった。涙を流しながら女の子を抱きしめたとき、ハッと作戦のことを思い出しテラは女の子を抱きしめたまま黒竜になると猛スピードで洞窟の中を引き返した。

 女の子はテラになにか言いたげな顔をして、元いた部屋を指さしていたがテラは応じる余裕が全くなかった。一刻も早く番を助けたことを八竜たちに知らせなければならなかったからだ。

 

 洞窟を抜けたテラは、空高く火玉を吐くと猛スピードで怪物から離れた。障害物のなにもない空はテラを極限までスピードを出させた。さっきの火玉は救出完了の合図だ。八竜が無事に怪物から逃げれるようテラは祈るしかできなかった。すると、怪物がいる方角から天を突き上げるような爆発音が響き、テラは衝撃波から番を守るために身体を丸めて耐えた。

 何事かわからず、テラは怪物のいる方を見た。番の女の子も同じようにその方角を見ると、ものすごい煙と火柱が見えた。どうやら怪物のいる一帯が燃えているようだと理解したテラは竜の姿から人になると、番に向き合った。

「燃えている場所の近くには俺たちが住む予定だった巣があるんだ。そこにはたくさんの竜と子どもたちがいる。俺はいまから巣へ向かうから、君はここの安全なところにいてほしい」

 女の子は首を横に振るばっかりでなにも言わなかった。ただ、怒っているのか口をへの字にしてブンブンと頭を振っている。よく見ると、彼女は服も何も着ていなかったのでテラは着物を半分破って彼女の身体を隠した。そしてテラが竜になって行こうとすると、彼女は頑なについてこうとしたのでテラは覚悟を決めて番を連れて飛んだ。

 

 山が焼かれている。ものすごい熱量と煙の間で、竜がいくつか飛んでいる姿がかすかに見えた。テラと番は竜の巣へ着いたころには火焔丸が巣から子どもたちを避難させている途中だった。テラと番の姿を見た火焔丸はほっとした顔をしたが、とたんに険しい表情で子どもをふたりテラに向かって放った。テラは力をつかって子どもたちを宙に浮かせて背中に乗せると、同じように何人も子どもを背に乗せた火焔丸とともに空へ飛び上がった。もう火は巣に迫ってきており、テラが振り返った時には空っぽの巣が火の海に呑まれたところだった。間一髪、子どもたちを救うことができたのだ。

 

 火焔丸に付いて行きながら、火焔丸からことのありさまを聞くことができた。湖に怪物が入って少し経ったころに遊撃し、怪物を洞窟から意識を奪ったところまでは順調だった。しかし、テラが放った火玉を見た怪物が突然、洞窟のほうへ行こうとしたため慌てて攻撃をして気を引かせようとしたが完全に怪物は洞窟のほうへ移動していた。

 そして洞窟の入り口に頭を突っ込んだ怪物は盗まれたものがなにかわかったかのように全身を赤く膨れ上がらせると爆発したのだというのだ。怪物の毛はよく燃えるため、爆発で飛び散った毛が着火剤となり山火事があちこちで起こったのだという。そこで慌てて八竜は散って火焔丸たちが巣からメス竜や子どもたちを避難させ、最後に残っていた火焔丸の元にテラがやってきた、ということだった。

 

 しばらく飛んだ先には別の竜の巣があった。疾風丸たち竜の親族の巣らしい。一時的にそこへ避難させてもらうことにしたのだ。火焔丸以外の七竜たちはもうすでに避難しており、番や子どもたちを労わっていた。最後に着いた火焔丸とテラを見て、歓声を上げて迎えてくれた。空から降りてきたテラと番、ふたりの子どもに疾風丸と他の竜が人の姿で駆けよってきた。テラも人の姿になって番を抱きしめていると、それを見た疾風丸が嬉しそうに笑った。

 

 テラが助けたふたりの子どもは夜に会った番の子どもたちだった。ふたりとも無事を喜んで抱きしめてキスしていた。テラは番を安全な場所に連れていくため竜の巣に入れてもらい、若い女性に説明して番に合う服を持ってきてもらった。初めて巣を見るのか番はキョロキョロと観察しては、テラの手を離そうとしなかった。すると、子どもが興味を引かれて駆けよってきた。番はびっくりして慌ててテラの後ろへ隠れてしまう。

「なんで隠れるの? 怖くないよ?」

「ねえねえ、とってもきれいな髪色だね。見たことないよ。名前は?」

「お兄ちゃん、この子の名前はなに?」

 名前と訊かれても、テラは名前をまだ知らない。隠れようとする番の細い手首を掴んで、顔を合わせると「名前は? 俺はテラっていうんだ」と訊いた。

 きょとんと金色の瞳を瞬かせるいとしい番。子どもたちはその様子を見て騒いだ。

「もしかして、名前わかんないの?」

「えー? 言葉が分からないだけかもよ?」

 テラはどっちなのか判断がつかなかったが、納得もしていた。あんな洞窟で得体の知れない怪物と一緒にいれば言葉も名前も知らないのは当たり前のことだった。

 

「しっかし、本当に珍しい髪の毛の子だよ。わたしゃ、いろんな巣を渡り歩いたけどこんな色のきれいな子どもは初めてさ」

 いつの間にか番の周りには子どもだけでなく竜の巣に住んでいる竜族たちが群がってきていた。確かにそうだ。番の髪の色はテラも見たことがなかった。

「成人したら一体どんな竜になるのやらわからんね」

「本当やねー」

 大人が口ぐちにそう言う中で、番の女の子は人に慣れたのかテラの指を持ってもてあそんでいた。

「ねーねー、お兄ちゃん。シャーラって名前はどうかなあ? とってもぴったりだと思うんだけど」

 女の子がテラの破けた着物を突いて言った。

「シャーラ、とてもいいじゃないか」

「月の砂ってオシャレな名前だなー、俺もいいと思うぜ」

 テラが番を見ると、分かっているのか分かってないのか番はにっこり笑ったので、番の名前はシャーラに決まった。

 

 シャーラは本当に言葉が話せなかった。話せないというより、言葉を知らないようだった。

「シャーラ、これはリンゴ。リンゴって言うのよ? 赤くて甘くておいしいの」

「シャーラ! これは肉! なんの肉かわかるか? ベリトッドの肉さ!」

「シャーラ! シャーラ! 私の名前、覚えてる? リナーナよ」

 シャーラはとても美しくて表情豊かだったため、竜の巣に住む竜たちのアイドルになっていた。日々、シャーラに言葉を教えるためにいろんな人がいろんな物を持ってシャーラの元へ訪れる。

 シャーラは与えられた物は全部受け取って金色の瞳をさらにキラキラさせて眺めた。そして一生懸命に竜族の言葉を理解しようと、なんども発音の練習をしていた。そんな健気な姿にテラ以外も心をがっちり掴まれてしまい、「なにかしてあげたい症候群」を発病しまくっていた。

 そんないろんな竜族たちに笑顔を向けるシャーラだが、やはり番はテラだと分かっているようでテラ以外の竜に付いて行こうとしない。その代わり、テラが行く場所行く場所にくっついて行こうとするので、シャーラを探す人はテラがどこにいるのかをまず訊くのだそうだ。

 みんなのおかげで(テラも頑張っていたが)シャーラは少しずつ話せるようになった。シャーラはテラとしゃべるのが一番楽しそうで、テラ以外の竜と話している時もシャーラから出る話題はテラのことが多かった。

 ある日、竜の巣の近くにある小さな滝を二人で見に行った時、テラと手をつないだシャーラはにこにこして、

「テラ! テラ! すごいね、お水があんなに高いところから落ちてくる!」

 と滝を指差した。テラも滝を見上げて、

「ああ、あの先に沢があるんだ」

「さわ? さわってなあに?」

 最近、ますます言葉を覚えるようになったシャーラにテラは苦笑いしながら竜の姿になるとシャーラを沢から滝になるところまで飛んで行った。滝の入り口にはシャーラの足くらい細い水が流れていて、それが流れ落ちて小さな滝になっていた。

「あれが沢? きれいね、かわいいね」

 一通り沢を眺めたあと、また竜の姿になって下へ降りて行った。ここの巣も前の巣と同じで竜族は基本人の姿で生活していた。そのため、テラが竜の姿になるのはこういう時くらいで、ほとんど人の姿が多かった。シャーラがまだ竜になれないからというのもある。

 避難してきた竜の巣はかなり大きかった。場所も標高の高い立派な山にあり、まるで山が大きく口を開けているような「くぼみ」に竜の巣は作られていた。最初は一時的に避難させてもらっていた場所だったが、ここの竜族にそのまま住んでいけばいいと思わぬ歓迎をされたため、いまではこの巣が我が家だった。

 

 竜の巣の入り口に入ろうとしたら、疾風丸と鉢合わせした。人当たりのよさそうな顔で「よっ!」と手を挙げて笑うとシャーラの頭を撫でた。シャーラ救出の作戦に乗ってくれた八竜たちとはもうシャーラは顔見知りで、一番かわいがってくれている。テラは八竜たちに感謝しきりで頭が上がらなかった。あの冷静でいられなかった自分を引きとめ、自分たちの命をかけてシャーラを救う手助けをしてくれた。そのことを言うと、疾風丸は驚いて「番に命をかけるのは当たりめえの行為だ。ましてや番が生きてるかどうかも分からない状況で、一緒に命かけるのは当たりめえだろ?」と言ってくれた。火焔丸なんて豪快に笑ってバシバシとテラの背中を叩いて、シャーラの髪をぐしゃぐしゃにしてシャーラに怒られていた。八竜のどの竜も当たり前だと言ってくれる。テラは自分が情けなくて、もうあんな危ないことに他の竜を巻き込ませないと固く誓った。

 

 太陽が落ちて夜が訪れる。満点の星空の下、竜の巣では子どもたちが寝り大人たちだけの時間になった時、テラとシャーラは巣から少し離れた岩の上にいた。膝に頭を乗っけて眠るシャーラの頭を撫でながら、静かに瞬く星をさっきまで2人で見ていたのだ。そんな2人の元に、手をつないだ番の子どもがやってきた。前の巣に一緒にいた、水色の短髪の男の子と砂色の髪の女の子だった。名前は男の子が天丸、女の子が砂夜という。

「天丸に砂夜。どうしたんだ? こんな時間に」

 ふたりはなにやら決心した顔をしてテラに頼みごとをした。

「お願いします、僕らをワタラセてくれませんか?」

 その真剣な言葉にテラは頭を殴られたような衝撃を受けた。そして、心決めたふたりの姿を見て、テラは困惑した。

「本当に俺でいいのか? そんな大役を」

「大役だなんてそんな、僕たち2人で決めたことなんです」

 天丸はそう言って砂夜と顔を見合わせ微笑んだ。

 テラはシャーラを起こして黒竜の姿になると、三人を乗せて静かに飛んだ。今頃、竜の巣でふたりがいなくなったことなど誰も気付いてないだろう。

 

 テラは天丸に言われた場所に向かった。そこは竜の巣からそんなに離れていない、川のほとりだった。大きな滝が流れ透明な川を作っている、静かで誰も来ない場所だった。シャーラは眠そうに、だがこのきれいな場所をキラキラした目で見渡していた。

「この場所でいいんだな?」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 天丸と砂夜はテラとシャーラに頭を下げた。テラはふたりを誇らしく見た。もう、このふたりはただの子どもではないのだ。

「新しい未来が開けるように・・・。ほら、シャーラもなにかふたりに言葉を贈るんだ」

 シャーラはきょとんとしたが、ふたりを見てにこっと笑った。

「ふたりとも、とってもきれいだよ」

 ふたりはテラとシャーラに感謝するように微笑むと。手をつないで川辺へ歩いて行った。

 

 

 テラとシャーラはそんなふたりの世界からそっと立ち去るように夜空へ羽ばたいた。

「ねえ、テラ。あのふたりはどうなるの?」

 煌めく星空の下、シャーラはテラに訊ねた。

「・・・あのふたりは大人になるんだ」

「大人になるの? どうやって?」

「身体を交わらせるんだ。ふたりの番の身体を交わらせると、成人の仲間入りになる」

「成人になるとどうなるの?」

「竜になれるし、身体も大人の体つきになる」

「ふーん・・・」

 

 天丸が言ったワタラセとは、番の子どもを交わりに選んだ場所へ連れていくこと。そして、最後にふたりに言葉を贈り見届けるとても重要な役目だった。

 明日、竜の巣は大騒ぎになるだろうな。そうテラは思い、成人したふたりの姿を楽しみにした。

 

 岩へ戻ったテラとシャーラはまた夜空を見上げていた。しばらくすると、ふたりの頭上に流れ星がひとつ流れた。テラはシャーラに説明した。

「古くから俺ら竜族は星とかかわりがあると言われている。それは幼い番が交わり大人へなった瞬間、流れ星がかならず流れるからなんだと」

「そうなの? じゃあ、さっきの流れ星は・・・」

「さあね・・・。どこか遠くにいる番かもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 テラはなんだか照れてきてそうはぐらかした。シャーラはじっと流れ星が流れて行った場所を飽きることなく見つめていた。その真剣な表情は、ふとどこか大人びていてテラはドキリとさせられる。

 

 翌朝、岩の上で寄り添いながら眠っていたテラとシャーラは、近くに気配を感じて目を覚ました。顔を上げると、朝日を背にふたりの大人が立っていた。よく見ると、天丸と砂夜の面影がある。無事、成人した竜族の番がテラとシャーラに笑いかけてきた。

「そうか・・・、おめでとう!」

 テラは飛び起きて、自分より頭一つ上になった天丸と砂夜に駆け寄った。シャーラはふたりを間抜けな顔をして見上げていた。テラもシャーラも、知り合いが成人するところを見たことがなかったため、なんだかとても感動した。朝日を受けて幸せそうに笑うふたりは誰よりも美しくて世界一幸せそうに見えた。

 その後、天丸と砂夜の成人した姿が竜の巣でお披露目されると大歓声と驚きの声が竜の巣中に響き渡った。天丸と砂夜にはお祝いの衣装や品物が次々と贈られ、やれ酒を出せや飲めやのお祭り騒ぎが3日ほど続いた。美しく着飾った砂夜をポカーンとした顔で眺めていたシャーラは、天丸と砂夜がお披露目としてとうとう竜になった時は口が外れて落ちるんじゃないかとテラが思うほどシャーラは仰天していた。他の子どもたちも大抵そんな感じだったし、成人するというのは本当に驚くほどの変化なのだ。10歳くらいの子どもが一晩で20歳になって帰ってくるのは世界広しとしても竜族だけだ。

 

 テラとしては天丸と砂夜の成人を見届けても「ああ、よかったなあ」と思うくらいのもので、別に「俺も成人したい!」とはちっとも思っていなかった。それはシャーラも一緒だった。しかし、お祝いが終わってから、シャーラはテラの元をときどき離れるようになった。どこへ行ってるのか付いてくと、天丸と砂夜の新家が多かった。しかも、シャーラは砂夜に会いに行っているのだと天丸から聞くとテラは、それとなく砂夜とどんな会話をしているか聞いてくれと頼んだ。

 すると後日、にこにこした天丸がテラの元へやってきてシャーラはお菓子の作り方を砂夜に聞きにきているだけだと砂夜が言ってたと報告してきた。といっても、シャーラがお菓子を持ってきたことはないし、怪しいと思ったテラは砂夜にシャーラからなにか聞かれたかわざわざ訊いた。すると、じとーと横目で砂夜から見られ、しまいには「ちゃんとシャーラと向き合わないから不安になるんですよ」とピシャリと言われてしまった。

 

 もしかすると、シャーラはテラ自身のことを知りたがっているのかもしれない。ふとテラはそう思ったが、それなら素直に自分に訊ねればいいのでは・・・いや、訊ねられてもどう答えればいいか分からないと考えてテラはハッと気付いた。もしかすると、シャーラは、テラが成人してないのになぜ自分と同じ子どもじゃないのだろうと考えたが、それをテラには訊きづらいと思い砂夜とか他の竜に訊いているのではないかとテラは推測した。

 実際それは当たっていた。後日、シャーラと親しい女性がこっそりテラにそう相談してきたのだ。テラは様子見でその後のシャーラを見守っていたが、日に日にシャーラと顔を合わせるとどことなく避けられてきたので意を決してシャーラとふたりきりになった。

 

 シャーラを呼び出して巣から離れた誰も来ない場所に来て向き合った時、シャーラは怒っていた。それは当たり前のことだった。シャーラは何に怒っているか教えてくれた。

「テラは特別な竜だと思ってた。他の竜より強いし雄々しいし、きれいだし・・・。でも、天丸と砂夜が大人になった時、テラが身体を交われば大人になるって言ったよね?」

「ああ、言った」

「私、その時思ったの。“なんでテラは子どもじゃないんだろう”って。それで嫌な考えが浮かんで、砂夜とかに相談したの。そしたら・・・」

 シャーラは泣きそうだった。テラは心が引き裂かれそうになってシャーラを泣かせた自分を殴りたくなった。

「・・・・すまない」

「・・・・許さない。でも・・・なんでそうなったのか、教えてほしい」

 

 シャーラに手を差し出すと、ちょっと迷ったけれどシャーラは手を取ってくれた。そのままシャーラを抱きかかえて、黒竜になると夕日が映える山の天辺に来た。シャーラは向き合ってくれた。シャーラはとても優しい竜だと分かっていたが、この時はシャーラの優しさにテラは泣きそうになった。

 

「俺が儀式をしたのは、戦争で竜族が勝つためだったんだ。その時、竜族と人族は縄張り争いをしていて人族のほうが勝ちそうだった。竜族が負ければ、竜族の土地はほとんど人族のものになってしまう。それでは俺たちは生きていけない。だから、俺の一族は禁止された儀式をひっそり行った」

 シャーラは真剣に聞いていた。

「禁止された儀式を行った竜は普通の竜よりはるかに強い力を得られた。黒竜は元々、力が突出する傾向があったから、俺が選ばれた。黒竜の潜在能力と儀式の力で戦争をひっくり返そうとしたんだ。それは結果的には成功した。戦争で竜族が勝ち、残された俺は死のうとした」

 「死」という言葉を聞いてシャーラの顔はゆがんだ。それでも、テラは話を続けた。

「本当に死にそうになった時、シャーラのことが頭に浮かんだ。それで最後の力を振り絞って戦場から逃げて、ある竜族の女の子に助けられた。その子と分かれるとき、こんなことを言われた。「私があなたの番だったら絶対に許さないしボコボコにするわ! でも・・・死ぬのはもっと容赦しない」ってね」

 シャーラはもう泣いていた。テラも泣いていた。テラはもう死のうとは思ってなかった。そんな苦悩の中でシャーラを守ろうとしたテラの姿をシャーラは見ていた。シャーラは最後に、

「絶対に許さないしボコボコのけちょんけちょんにするわ! でも・・・死なないでくれて、ありがとう」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら笑ったシャーラをテラは抱きしめた。そして何度も何度も謝罪を口にした。シャーラがもういいよと言っても、ずっと・・・テラとシャーラの心の悲鳴は夜空へ向かって消えていった。